「私が頑張らなきゃ」「私が何とかしなきゃ」
そんなふうにずっと思い続けてきた。家族のこと、仕事のこと、パートナーとの関係、子育て。いつだって“自分がしっかりする側”で、気づけば私は、人に頼ることがものすごく苦手になっていた。
本当は、「助けて」って言いたかったのに。
本当は、「しんどい」って言いたかったのに。
つい先日、私はひとりで泣いた。
それは、子どものころから心の奥底にしまいこんできた感情が、ようやく溢れ出た瞬間だった。
「強い私」でいようとした理由

私の中には、いつも“強くいようとする私”がいた。それは、小さな頃に生まれた生きるための知恵だったんだと思う。
父は、パチンコで借金を作った。母がそれを返した。節約して、必死で家計をやりくりしていた。でも私は、何も知らずにのうのうと暮らしていた。
今になってようやく、「あのときお母さんはどんな気持ちだったんだろう」と思う。
服にお金をかけない母を「ダサい」なんて思っていた自分が、今では本当に申し訳なくて。
本当は、お父さんに「任せろ」って言ってほしかった。お母さんが節約しなくてもいい暮らしがしたかった。そんな、ごく普通の願いだった。
でも叶わなかった。だから私は、「もう期待しない」って自分に言い聞かせて、“しっかり者の長女”を演じるようになったのかもしれない。
「全部、私がやらなきゃ」と思ってしまうクセ
大人になってもそのパターンは続いた。夫婦関係、仕事、子育て、友人との付き合い……
どこかで常に「私がやらなきゃ」「私が背負わなきゃ」と思っていた。
今のパートナーも、私の扶養に入っている。家事もお金も、私の方が圧倒的に多く負担している。
「別居して自立してほしい」と思ってしまう日すらもある。
頼りたかった人に頼られてばかり。支えてほしいのに、いつの間にか支える側に回ってしまう。
そのループの中で、私は何度も心が折れそうになった。
「守られたかった」私の本音
そのしんどさの奥にあったのは、子どもの頃から抱えていた本音。
- 「わたしだって、守られたかった」
- 「誰かに甘えたかった」
- 「安心したかった」
それをようやく認めた夜、私は大泣きした。
「助けて」って言ってもよかったんだ
涙の中で、心が少しずつほどけていくのを感じた。
「助けて」って言ったら、迷惑なんじゃないか。
「頼る」って、情けないことなんじゃないか。
そう思い込んでいた。
でも、「助けて」って言える人のほうが、ほんとうは強いのかもしれない。
もう、“何でも一人でこなす自分”でいなくていい。
「ちょっと疲れた」「少しお願いしたい」って、素直に言える自分でいたい。
頼ることは、甘えじゃなくて「愛の表現」
今の私は、すこしずつ変わろうとしている。
完璧じゃなくても、頼っていい。甘えていい。
自分の重荷を、ひとりで全部抱えなくていい。
最近は、小さな「助けて」を言う練習をしている。
- 「今日はちょっと疲れてるから、洗い物お願いできる?」
- 「話を聞いてもらいたいんだけど…ちょっといい?」
頼ることは、自分を守る力。そして、誰かと信頼を育てる愛のかたち だと、ようやく気づきはじめている。
頼る勇気が、私を癒していく
しんどかった。何度も限界がきた。でも、涙の先にある癒しに出会えてよかった。
私は、もう自分を見捨てない。 「助けて」って言える私に、拍手を送りたい。そして、同じように“強くあろうとしすぎてきた”あなたへ、こう伝えたい。
頼ることは、甘えじゃない。
涙は、弱さの証じゃない。
本音を伝えるあなたは、とても美しい。
癒しのはじまりは、あなたの中にある
心が疲れたときは、静かに自分に問いかけてみてください。
- ── 本当は、どんなふうに守られたかった?
- ── 今、何を自分に与えてあげたい?
それが、癒しのはじまりかもしれません。
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